クラブ概要

勝田ライオンズクラブ概要 Katsuta lions club overview

   
結成日 1964年8月1日
所属 ライオンズクラブ国際協会 333-E地区1R2Z
親クラブ 日立ライオンズクラブ 【1962年1月結成】
子クラブ 那珂ライオンズクラブ【1968年 結成】/ 勝田グリーンライオンズクラブ【1978年 結成】
勝田ライオネスクラブ【1984年 結成】/ ひたちなかベストライオンズクラブ【1994年 結成】
姉妹クラブ 台北士林国際ライオンズクラブ / 韮崎ライオンズクラブ / 韓国安城ライオンズクラブ
友好クラブ 台北世紀国際ライオンズクラブ / 野洲ライオンズクラブ
例会日 毎月第1・第3木曜日
組織図 2017-2018年度組織図はこちら »
事務局 〒312-0045 茨城県ひたちなか市勝田中央14-8 ひたちなか商工会議所4F
TEL:029-273-1766 FAX:029-273-2252
E-mail:katsutalc@diary.ocn.ne.jp

入会案内はこちら »
   

アクセスマップ Access map

入会のご案内 Guidance of admission

勝田ライオンズクラブは、We Serve(私たちは奉仕する)の精神のもと、茨城県ひたちなか市を中心に、地域社会への貢献活動を進めています。
私たちと共により住みやすい地域にするための奉仕事業を率いましょう。入会ご希望の方は、事務局にお問い合せください。
お問い合せフォームはこちら

入会資格

20歳以上のひたちなか市周辺にお住まい、または事業所がある方。ボランティアに興味のある方。月2回の定例会に出席できる方。クラブが主催する奉仕活動に参加できる方。

会員になるメリット

ライオンズクラブには、人生経験豊かな先輩や、様々な業種の会員がいます。先輩や仲間と触れ合うことで研鑽を積むこともできます。指導力を磨き、尊敬を集める組織を率いることができます。


定例会

月2回 第1・第3木曜日 18:00~19:45
例会は原則的にはひたちなか市商工会議所にて行います。

入会金・会費

入会金:20,000円/初回のみ  年会費:120,000円

お問い合せ

〒312-0045 茨城県ひたちなか市勝田中央14-8 ひたちなか商工会議所4F
TEL:029-273-1766 FAX:029-273-2252
E-mail:katsutalc@diary.ocn.ne.jp

勝田ライオンズの誕生 The birth of Katsuta lions

 私達のライオンズクラブは、日立ライオンズクラブのスポンサーによって結成されたのであるが、これには紆余曲折があり、誕生のきっかけは、日立ライオンズクラブの当時会員であった、日立市役所助役を勤めていた重松さんが、勝田の安市長、大和田助役に働きかけ、市長も助役もそれに賛同し、入会予定者集めに奔走し、私は市長に呼ばれ市関係域は、市議会に呼びかけるから、若い事業主域は趣旨に賛同する者に声を掛けるよう依頼されたのであった。

  一方、スポンサークラブの日立クラブから度々、勝田に来られ賛同者域は関心をもつ方集め説明会を開き、その都度30~40程参集した。その方々は、会社役員、商店主などであった。この説明会は4回開かれたと記憶している。 又、水戸にもライオンズクラブが東京の堀留ライオンズクラブがスポンサーとなり結成されることになり、この年の6月11日に結成されたのである。

 勝田としては、ここまで進めばと、日立ライオンズクラブが計画を立て、早く結成会を開催するようにと、会長に安義男氏、幹事に柳生迪氏(コロナ電気)、会計に鈴木修一氏(常陽銀行勝田支店長)を指名し、結成賛同者の諒解を得て三役が内定し、私はライオンテーマとして又、理事も内定、当時の商工会館に事務局を設置し、昭和39年8月1日勝田公民館で結成会を開催し、水戸ライオンズクラブからもお祝に来られ盛大に行われた。

 ここで結成したものの今度はチャーターナイトを開催しなければならず、それをいつにするか決めなければならず、他県のクラブのチャーターナイトに登録参加し出席することになり、先づ銚子ライオンズクラブ・市原ライオンズクラブのチャーターナイトに参列し参考にしたのである。ここで、スポンサーの日立クラブの松本和夫L・ゾーンチェアマンから、水戸ライオンズクラブのチャーターナイト開催の前に実施するよう強く要望指導され、11月30日に実施することになったのである。

 しかし、チャーターナイトとなれば、他クラブへPRに行かなければならず、関東の一部・東北6県・北海道までPR活動をしたのである。(当時はクラブ数が少なく他県までPRする)その結果、勝田クラブのチャーターナイトは、登録者250程と記憶しているが、会場は当時の東石川の日製体育館を借用し、 ガバナー迫水久常Lを迎え、チャーターメンバー43名で実施したのである。従って勝田クラブが茨城県で日立に継ぐ2番目のチャータークラブであり、誇りと思ったのである。

 ボーイスカウトの奉仕協を得たのであり、それを機会にその後、ボーイスカウト勝田第1団を勝田ライオンズクラブが援助して発足させたのであり今のひたちなか第2団は勝田第1団から分封したものでありこれもアクティビティである。

勝田ライオンズクラブ10年の足跡 10 years of history

 勝田LCはCNを一応成功することができたが、これからのクラブ運営と事業のあり方、進め方に非常に苦労した。
ここで、CNより10周年の歩みを考えて見ると、基本的に例会は12:00~13:00昼休みの時間帯であり、出席率85%を保つことができたが、次第に出席が落ち込み、事業も予算が少ない為、労力奉仕を主体として活動し、特に昭和通りの「つつじ」の植栽、整備、交通安全の立哨等の労力奉仕程度で物的ACTとしては、駅前ロータリーに市民憲章の憲章文を掲示した時計塔、小学校への黄色帽子贈呈と細々と奉仕して来たのであった。

 又、この年代(昭和40年代)は、茨城のライオンズの黎明期と言われ、クラブを増やすこと(エクステンション)が大きなアクティビティであり、水戸LCが水戸葵LCを結成し、その後、続々とエクステンションされ、勝田LCも実施活動を開始し、先づ高萩市の日本加工紙高萩工場を窓口にして活動していった。

 ここで勝田クラブはどうであったか。会員の減少が続き30名を割り込み24~25名程となり、他のクラブから解散するのではないかと言われ、その為、自己のクラブの存在感を強める為、県内クラブのチャーターナイトには必ず出席し、活動内容や、クラブの在り方をPR したのである。
(当時は国際規約で19名を割ると解散ということになる)

 ここで残念だったことは、幹事の柳生氏が昭和39年12月に病に倒れ退会となり、その為、結成年後期の幹事は、昭和40年1月から刈部が幹事代行を勤め、9年後に柳生氏が再入会し、10周年を迎えるに当り、会員の大増強を図ったのである。正に柳生氏の人とのつながりが大きく影響し会員40名以上となり、10周年記念式典を日製体育館で盛大に開催することができたのである。この10周年の式典での記念講師は、勝田クラブチャーターナイト当時ガバナーであった、迫水久常先生(参議院議員)にお願いし、大平洋戦争終戦の天皇御前会議の模様を述べて載いたのである。(先生は終戦当時、内閣書記官長であった)
又、10周年の折、香港で東洋東南アジア大会があり、その折、台湾へ寄り台湾の士林ライオンズクラブと姉妹提携したのである。